比較文法(ドイツ語と英語)






英語でも14世紀ごろまでは過去分詞は文尾に置かれた。
have を用いた ...させる、してもらう、という表現:例えば I have a new house built. においては、pp は文尾に置かれて、完了形の発達過程を暗示している。
そもそも I have written the letter. の元の形は I have the letter written. である。

ちなみに、独語英語ともに最初に完了形が使用されるようになった頃は、haben, sein (have, be) はそれぞれ本来の意味を持っていた。
つまり、上に引いた文の原義は「私は、書かれたところの手紙を手にしている」である。
また現代ドイツ語は Ich habe das Buch gekauft. あるいは Er ist gegangen. Sie ist gestorben. などの表現になるが、原義は「私は買われた(買った)本を所持している」「彼は行った(去った)状態にある」「彼女は死んだ状態にある(死んでいる)」等々である。
その後 haben, sein は独立動詞の意味を失い、単に完了形を作るための助動詞としてだけ感じられるようになっていった。
均一化の傾向の強い英語では have が be の使用範囲まで浸透していった (She is gone. → She has gone.)。(cf. ドイツ語、フランス語は Sie ist gegangen. = Elle est allée. = She is gone.


 完了の意味と用法
過ぎ去った事柄を、現在と結び付けて言うときは現在完了形を用い、現在と切り離して、単に過去の事実として語るときは過去形を用いる。
英語ではその際、過去を意味する副詞(句)があると、はっきり現在と切り離された事柄として、過去形を用いる。ドイツ語ではそのような副詞の有無を問わない。
このことが示していることは、

英語においては、「現在完了は過去との関係で捕えられている現在」という意識が強い(右図の E)。つまり、現在の方に重点が置かれている。

しかし、ドイツ語においては、現在完了とは、「現在に関係はしているが、あくまで過去のこと」(右図の D)である。


この点については、次の図を用い、具体的な例を挙げて説明する。
楕円 D はドイツ語の現在完了形の範囲、楕円 E は英語の現在完了形の範囲とする。 D は過去の方に寄っていて、 E は現在の方に寄っているが、互いに共有している部分もある。
真ん中の縦の点線が過去と現在の境目(過去形と現在形との境界線)である。

例えば(いささか学校文法風であるが、便宜的に利用させてもらう)「けさ手紙を書いた」と、午後に発言したとすれば、書いたは 1 の時点のことで、英語の場合は、単純過去の範疇で:I wrote letters this morning. となるが、ドイツ語の方は(「話し言葉の場合は」という条件が付くけれども)現在完了の範囲で:Heute morgen habe ich einen Brief geschrieben. となる。

それがまだ午前中の発言なら、2 のような位置で、英語も:I have written letters this mornng. となり、英独ともに完了形を使った表現になる。

ところが、まだ書いている最中( 3 のような位置)なら、I have been writing letters this morning. と言うかもしれない。このケースは英語の完了形の継続的用法に繋がってゆく。
もっと端的に:
(I have lived (been living) in Tokyo for three months.)
この 3 場合、英語としては現在完了形の範疇だが、ドイツ語の方は完了の範囲から外れ、現在形での表現になる:
Ich wohne seit drei Monaten in Tokio. (わたしは三ヶ月前から東京に住んでいる。)

 1 のケースが、日常的に使われ、ドイツ語と英語の差異が目立つ点なので、繰り返しになるが、サンプルを挙げておく。ドイツ語では完了形、英語では過去形:
"Was hast du gestern getrieben?" - "Ich bin zu Hause geblieben, und ... "
("What did you do yesterday?" - "I was at home and ... ")




ドイツ語でも古くは未来の助動詞として sollen (shall), wollen (will) が用いられたが、15世紀頃から werden が「. . . するようになる」の意味から転じて、未来の助動詞として用いられるようになった。
英語は均一化の傾向の強い言語であるが、shallwill の二種類が、今なお存在していること(米語では shall はほとんど使わなくなっているようだが、should は使われている)、このことが意味の上で若干の曖昧さ、紛らわしさを生じさせてもいる:
ex.



She will (wants to) have it tomorrow. 単純未来か意思か?
He would (would like to) go. 推量か意思か、あるいは習慣か?
I should (ought to) go. etc. 可能性や推量あるいは義務か?

独英の少しのずれ:
ドイツ語においては未来形の使用範囲は英語よりも狭い。ドイツ語ではふつう、未来形 (助動詞 werden を利用した複合形) の代わりに、現在形で済ます。
ex.

Ich komme heute spät.
(I shall be late today.)
そして、未来を用いるのは、現在の推測を表わす場合が多い。このような場合、英語の方は逆に、あまり未来形を使っていない。suppose を利用したり、副詞 likely, probably などを添えたり、ともかく現在形のままである。
ex.



Er wird krank sein.
(He is probably ill.)
Du wirst jetzt müde sein.
(I suppose you are tired now.)



 未来完了形
未来完了形は、その成立が新しい(16世紀頃から)。きわめて形式的で冗長なため、独英ともに、口語ではほとんど用いられず、現在完了形によって代用されている。
Ich werde an die See gehen, sobald ich das Buch gelesen habe (haben werde).
I shall go to the seaside, as soon as I (shall) have read the book.

ドイツ語として、未来完了形を使うことがあるとすれば、「過去に対する推量」の場合:
Sie wird wohl krank gewesen sein.
I suppose she was ill.


Albrecht DÜRER
(Nuremberg, 1471-1528)
Autoportrait
ou Portrait de l'artiste tenant un chardon
1493
Musée du Louvre, Paris

英語における近接未来 be going to, be about to の表現について:
ドイツ語では、この意味を wollen, im Begriff sein で表現することが一応はできるが、英語ほど頻繁には使われない。ふつうは単純な現在形での表現になる。
ex.



(What are you going to do now.)
Was wollen Sie jetzt tun.
(I'm coming presently. )
Ich komme gleich.
(I shall be late today.)
Ich komme heute spät.






ドイツ語においては、この場合、定動詞(定形)の位置が最も重要な点になる。
その位置により、正置、倒置、後置と3種類に分けられる。
定動詞とは文語の人称・数などによって変化する動詞の部分を言う。即ち、単独時称で動詞が一個の場合はそれが定動詞であり、複合時称の場合は助動詞が定動詞になる。ここで敢えて英文を利用すれば、次の文のゴシック体の部分が、定動詞である。
ex.
He goes. He has gone. He will go.

英語の場合:
ドイツ語と同じように屈折が豊富であった頃は倒置法も用いられたが、屈折語尾が消失し、格が明示されくなると共に、例えば文法関係を示す S + V + O という基本的な語順が14世紀頃から確立する。フランス語とも連動しているのかもしれない。 cf. Marie aime le chien. この語順は変えられない。
ex.


The man killed the bear.   → この文を変更することは不可能
Der Mann tötete den Bären. → Den Bären tötete der Mann は可能
要するに、ドイツ語は、屈折が多いだけ、語順が英語よりも自由になる。den Bären は文章中のどの位置に置かれていても、あくまで「その熊を」の意である
 ちなみに、現代英語で副詞 here, there, hardly などの後で倒置が用いられるのは古い用法の名残りと見られる。
ex.
Hardly had he gone when they began to talk excitedly.

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