比較文法(ドイツ語と英語)





フランス語、 イタリア語、 ドイツ語などヨーロッパの諸言語は、現在でも名詞は性を備えている。
英語は、近世に入ってから失った。 これは英語の合理化と簡素化の顕著な現れと言われる。

英語の3人称単数の代名詞 he,she,it: 英語では自然の性(sex)が考えられているが、
ドイツ語の er,sie,es文法上の性 (Genus; gender) を表している。

性の起源ははっきりしないが、 その発生の当時においては、 自然の性と一致していたのではないかと想像される。
cf.
Vater, Mutter, Kind; der Sturm, die Quelle, das Wasser;

die Sonne (le soleil), der Mond (la lune)
(太陽と月の性別が独仏で逆なのは、風土的背景か)
das Weib (wife と同語源)が中性なのは、 これが、語源的には「女の顔を覆うスカーフのようなもの」を意味していたため。 

しかし人類が進化して、 自然人の感情や想像よりも、 精神や理性が支配的になってくると、
分類・整理という観点から、 名詞そのものの持つ意味の外にその形態が注目されるようになり、
この名詞の形態によって性別が決められるようになってきた。
なぜなら世の中には無生物も無数にあるし、 抽象名詞、 観念的な概念など、 これらをすべて自然的性でもって区別することは不可能であるから。
従って、 名詞の性の決定は、 「意味による場合」と「形態による場合」とがあることになる。


ドイツ語においては、 複数形をつくるのに、
単数を同形のまま利用したり、 あるいは変母音をさせたり、 または種々の語尾をつけたりする。
英語も古くはそうであったが、 14世紀頃から -(e)s が圧倒的になる。 これはフランス語の影響ではないかと思われる。 フランス語においては 単数形に -s をつけて複数形にすることが中仏語以降確立している。

英語において、現在残っている「不規則な複数形」は昔の名残であって、ドイツ語の複数形 (ウムラウトも絡むが、語尾だけで言えば:- , -e, -er, -en の4タイプ) と通ずるところがある。たとえば:
sheep; man, tooth, mouse, ox, child の複数形を想起されたし。
ついでに、 children: child-er-en は複数形の語尾がダブって付き、それが定着してしまったもの。


ところで、 フランス語の複数形の -s16世紀ごろから、
「発音」の上で、 弱まり、 やがて消えてしまう。
ただ「聴覚的」には失われたが、
視覚的には複数形のマークとして残存した。
cf. le chien, les chiens
(ドイツ語では:der Hund, die Hunde:
英語の greyhound などの -hound)
付け加えれば、 -s を発音した時代には不定冠詞の複数形は、
英独語と同じように、 なかったが、 -s の音を失ったため、
単数複数の区別が「発音上は」つかなくなり、
不定冠詞 un, une の複数形 des が必要になった。


Turner, Joseph Marllord William:
Dido building Carthage;
or the Rise of the Carthaginian Empire 1815;
National Gallery, London

ちなみに、この複数形の使われ方について言えば、 ドイツ語よりも英語の方が一般的に多いと言える。 ドイツ人は観念的、 抽象的な考え方をするが、 イギリス人は具体的に物事を考えるためであろうと見られている。
trousers, scissors, stairs, spectackes, wages, etc.
これらは、ドイツ語では、一般に単数形で表現する:
eine Hose, eine Schere, die Treppe, das Glas, etc.
























ドイツ語の名詞には4つの格、つまり主格、属格、与格、対格(通称1格、2格等)がある:
Kasus
(Eng: case)
Nominativ (nominative), Genitiv (genitive), Dativ (dative), Akkusativ (accusative)

日本語は「てにをは」という助詞によって名詞の働き、 他の語との関係を表す。
ドイツ語は、名詞の形を代えたり、 あるいは、名詞に付加される冠詞などが変化して、名詞の格を示す補助をする。
しかし英語は、格によって、 冠詞や名詞が少しも形を変えない。

このようなドイツ語の格変化は、英語に比べると、極めて複雑に映るが、 しかしまたその代わりに、格変化によって、 文章中の語の相互関係は非常にはっきりするという利点も持つ。 そしてそれゆえに語の置き換えもかなり自由にできることになる。
一方、英語においては、 語順は厳格である。 語順によって格を明示しているとも言える。

次の両文を比較されたし:
Der Sohn des Mannes gibt dem Mädchen den Brief.
(The son of the man gives the girl the letter.)
ドイツ語では、この文の語順を変えて、3格(与格)や4格(対格)を文頭に出すことが可能である。その場合、主格は後ろに回り、先頭の与格や対格が意味の上で少し強調されるけれども、文章全体の意味は基本的に変らない。英語では、間接目的語に前置詞 to 添えて、直接目的語の後ろへ回ることだけ。
Dem Mädchen gibt der Sohn des Mannes den Brief.
Den Brief gibt der Sohn des Mannes dem Mädchen .


属格(所有格)について:0E.ではドイツ語のように昔は -es の語尾を持っていたが、 のち e を省略して Apostrophe をつけるようになる(17世紀末)。

なお、 英語は格の喪失を補うため、 語順が厳格になったことの外に、 前置詞が非常に発達してきた。
つまり、 属格を of、 与格を to や for で表すようになった。




不定冠詞についてのコメント:そもそも数詞 eins (one) から ein (an → a) が生じた。 つまり「ひとつの」という意味ゆえ「本来は」複数がない。上で触れた、不定冠詞 un, une の複数形 des の件は、フランス語の事情によるもの。

英語とドイツ語の冠詞一般の用法はほぼ同じであるが、
ドイツ語においては単に格を示すために定冠詞が用いられることがある。これは固有名詞にも利用される。 これは英語にはない。
Ich gebe es nicht der Anna.
(I do not give it to Anne.)


ドイツ人は総称的な表現(一般化して「何々というものは」等)において、「 定冠詞+単数名詞」の形を多く用い、 これを抽象名詞や物質名詞などにも適用している。 イギリス人にとっては、この表現は文語的で固いと見られている。 特に、 抽抽象名詞や物質名詞は一個の全体を構成していないと考えられ、 このような形を用いない:
cf.
Die Tätigkeit ist das Glück.
(Activity is happiness.)
Das Bier ist nicht so teuer wie der Wein.
(Beer is not so dear as wine.)

その他に
英語では Spring, May, Sunday などは、固有名詞に準ずるものと見なされている。
cf.
Der Montag ist der erste Tag der Woche.
(Monday is the first day of the week.)

次の場合は、ドイツ語としては、動詞と目的語が、 ほとんど複合動詞のように結び付いていると見なされ、定冠詞は付かない。英語は冠詞なしでも可能であろうが、普通は定冠詞をつけるであろう。
Ich spiele Geige.
(I play (the) violin.)


定冠詞のも全体を代表する用法があるが、ある種属の中の「一個」を代表として取り出し、 「どれも」という意味の総称的表現は英語ドイツ語ともに jeder (every) の意味の不定冠詞を用いる。
Eine Kuh ist ein harmloses Tier. (Die Kuh ... も可能)
(A cow is a harmless animal.)

その他
Ich bin Student.
(I'm a student.
ドイツ語では冠詞を付けていないが、この場合(身分や職業)、 名詞としての機能を失って、 ほとんど形容詞的と考えられるため、のようである。


英語の固有名詞も古くは形容詞を伴うときはすべて定冠詞をとったが、 現代英語では、日常よく用いられる感情的形容詞など(dear, young, old, little, poor, etc.)を伴うときは省かれる。
Der arme Peter ist gestorben (tot).
(Poor Peter is dead.)

 接尾辞 (suffix, etc) について

「小さいものやかわいらしいもの」を示す縮小語尾:一般に -lein は南ドイツ、-chen は北ドイツ用いられる。昨今では -chen の方が優勢。
Röslein, Röslein, Röslein, rot ... < Rose
Pünktchen und Anton <Punkt
Fräulein <Frau; Gretchen <Grete
英語では、 このような縮小形はそれほど用いられないようである。 (booklet の類い)

ドイツ語では、男を意味する名詞に -in の語尾をつけて女性形にするケースはとても多い:
Studentin <Student; Japanerin <Japaner; Arztin <Arzt.
ModE. では一部 heroine [herouin] (fr. héroïne[erin] < héros), Josephine [douzifi:n] などがあるが、 一般的には(?)-ess (princess, waiteress) を利用しているようだ。

外には: -ei,-ie =-y:
Bäckerei, Familie
(bakery, family)
抽象名詞の語尾の対応:
Kindheit, Freundschaft, Bedeutung
(childhood, friendship, meaning)
-or はラテン語系の語尾 -or:
ex.
Doktor, Direktor
(doctor, director)
 これはドイツ語や英語の -er (Lehrer, teacher) に当たる。

英語においては、 名詞のみならず、 形容詞、 動詞、 副詞においても、 ドイツ語に比べて、 複合語が極めて少ない。 
ex.
ein Geburtstagsgeschenk , eine Bushaltestelle, Wochenende,
sechshundertachtundfünfzig
(a birthday present), (a bus stop, week-end),
(six hundred and fifty eight).

Sächsischer Genitiv
(ザクセン方言の属格)は英語の表現と合致するが、ドイツ語としては特殊。
der Mutter Liebe; des Lehrers Sohn
(the mother's love) (the teacher's son)
ふつうのドイツ語としては:die Liebe der Mutterder Sohn des Lehrers となるところ。

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