比較文法(ドイツ語と英語)






ドイツ文字(Fraktur: Deutche Schrift)と
ラテン文字(Lateinische Schrift: roman letters):

ドイツ文字は、16世紀から北欧に広まった一種の印刷用の装飾文字で、ドイツでは第二次大戦前まで一般に用いられていたが、アードルフ・ヒトラーが、文字の使用をラテン文字に切り替えた。これは 、アウトーバーンの建設と並んで、悪名高き宰相の数少ない功績のひとつである。
以下にサンプルを示す。

ドイツ文字の活字体:

1. Ein Priester hatte bei einem Maler ein großes
Bild für seine Kirche bestellt.

ドイツ文字の筆記体:

1. Ein Priester hatte bei
einem Maler ein großes
Bild für seine Kirche bestellt.

ラテン文字でのアルファベットについての蛇足:
ドイツ語のアルファベットは、英語の26文字にプラス4文字 ä, ö, ü, ß となるが、
ä, ö, ü の由来は、それぞれ、a, o, u の上に e のドイツ文字の筆記体を載せたものが転化したもので、
ß (エスツェット)は、文字どおり、ドイツ文字の s(語尾以外)と z の筆記体の合体したものである。
(上の書体を参考にされたし。)

ドイツ語では、名詞はすべて大文字で書き始めるが、これは Martin Luther (1483-1546) より後、17世紀になってからのことである。現在、小文字化運動なるものもあるが、少数派。ヨーロッパでは、ドイツ語だけにこの習慣がある。





















本来、 発音と綴りは一致している。いずれの国の言語であれ、 一般に時代と共に口語で使われるところの発音が変わって来て、 比較的固定している綴りとの間に「ずれ」が生じてくる。
ただし、 この発音の変化が大きかった言語と、変化が小さかった言語とがある。英語は前者に属していて、その一番の理由は、中世における(ノルマン人の征服によって生じた)フランス語の影響である。 そのような(言語的に)際立った事象の無かったドイツ語は、必然的に後者に属する。

端的な例を挙げる:
母音 a e i o u については、英語は [ エ、イー、ア、オ、ユー ] だが、ドイツ語は、ローマ字読みというか、ラテン語風に [ アー、エー、イー、オー、ウー] である。
また、英語では、bread und butter とか an apple などの発音のときに、音が連結するが、これはフランス語のリエゾンやアンシェヌマン mon ami (モナミ)や une ecole (ネコル) などと関係していないだろうか。
ドイツ語では、基本的に(数詞などを除き)このような連結はしない。
Brot und Butter は [ ブロート・ウント・ブッター ] であって、[ ブロートン ... ] とはならない。

 綴りの発音について:
ドイツ語にしろ、フランス語にしろ、イタリア語でも、これこれのつづりは、しかじかと発音する、とだいたい決まっている。そしてそれらを「発音の一覧表」にして、初等の語学学習書なら、その冒頭のページに載せている。ページ数にして、だいたい2ないし3ページで済む。例外はほとんど無い。

それに反して、英語の場合はどうかというと、およそ発音の一覧表なるものを、見たことがない。
それは、英語においては、あまりにも様々な発音がありすぎるため、まとめられない、あるいは、分類をしてもただ煩雑になるだけ、の故にであろう。
たとえば、a の音ひとつを取り上げても、
 cat, sofa, father, tape, ball, etc. は、ご承知のように、すべてその音が異なる。
ドイツ語であれば、a は[ ア ] か [ アー ] だけ。


 また、次のふたつのサンプルはいささか特異かもしれないが、少なくとも英語の綴りと発音に関する特徴を、顕著に示している。(cf. "la platique de l'anglais", ASSiMiL, 1974.)

    無音の子音 (b, g, n, k)
    climb, thumb, comb, tomb, plumber.
    doubt.
    foreign, deign, reign, sovereign.
    to gnash, to gnaw, a gnat.
    Hymn, autumn.
    to know, knuckle, knock-kneed, knob, knot,
    knight, knife, knit, knack.


     様々に(7種類に)発音される "ough"
    1)
    enough, rough, tough, slough.[-f]
    2)
    cough, trough. [-(:)f]
    3)
    hough. [-k]
    4)
    plough, bough, drought, doughty. [-au-]
    5)
    although, dough, slough. [-ou]
    6)
    through. [-u:]
    7)
    bought, brought, fought, ought, thought, nought, sought, wrought. [-:-]


     概して、ドイツ語の母音の発音は、英語に比べて易しい(単純という意味)が、唯一 ö だけは、英米人には(日本人にも)苦手な音のようである。例えば、Goethe (ゲーテ) の音に手こずる。[:] の発音ができないので [:] と発音しているようだ。フランス人は、似た音 [,] を持っているので、苦にしないはず。



単語の末尾の b, d, g の発音について:

    ドイツ語では、この場合、無声音化させる [p, t, k] が、
    英語では語末の音を(その音のまま)呑み込んでしまう傾向がある。
    わかりやすい例を挙げれば、ドイツの都市 Hamburg は、
    ドイツ語では、もちろん [hamburkブルク] だが、
    英語では [hmb:rg バー(グ)] となる。

    h について:
    ドイツ語でも英語でも h は基本的に発音されるが、ドイツ語では、h の前に母音があると、無声になる(但し発音する人もいる)。たとえば:gehen [ge:n (ge:hn)]
    英語でも、特殊になるが、ロンドンの下町ことばコクニィ (cockney) の特徴のひとつに Dropping aitchesh 音の脱落)がある。
    そのサンプル:
    " . . . but I've 'eard a bit about solicitors for all that.
    'Ow do we know what 'e 's up to with your money even now?"




Der heilige Hieronymus im Gehäus
von Albrecht Dürer.
Kupfstich, 1514


    l の音は英独共通。語尾にある場合、フランス語はほんの少しだが長め(ないし明瞭):cf. girlmademoiselle

    r は、基本的に舌先が口蓋に触れないという点で「英・独・仏・伊は共通」と言えるが、ドイツ南部やイタリアは、(舌先を口蓋で擦って)いわゆる巻舌風な発音をする。





ドイツ語のストレス(強勢)は、基本的には「第1シラブル」にある。 これはゲルマン系言語の特徴で、つまり英語の特徴でもある:
Mr. Richard [チャー]、 Richard Wagner [-ヒャルヴァーグナ]
ただし、外来語(特にロマンス語系)の場合、両者で、少し事情が異なる。

ロマンス語はアクセントが後の方にあるので、例えば
イタリア語:bambino, Signóe Marcantonio [バンーノ、シニョ−レ・マルクアンーニオ]、
フランス語:mademoiselle, cycliste, téléviseur [マムワル、シク、テレヴィーア] などとなるが、

ドイツ語では、 このようなロマンス語系の外来語(古典語であれ近代語であれ)を、元のアクセントの位置を余り変えずに受け入れ、かつ(自国語風に訛るときも、ままあるが)何とか源音をまねようとする:
Natur, Kultur, Musik, populär [ナトゥーア、クルトゥーア、ポピューア];
Restaurant, Ingenieur [レストン、インジェニーア]

英語の場合、 古くに入ったもの(古典語)は第1シラブルにアクセントを移してしまい、 比較的新しいものは、概して後方にアクセントを残したままにしているようだが、一定していない。次の例を比較されたし。
古典語から:nature, culture, music, popular;
中世以降:hotel, machine, police.

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