比較文法(ドイツ語と英語)





    この課では、言語として比較的時代的な変化が少なかったドイツ語にたいし、
    言語的な移り変わりの大きかった英語(とくにノ−マン・フレンチの影響によって)
    の方に行を割きたい。














 ドイツ語(Deutsch ドイッチュ)は大きく低地ドイツ語Niederdeutch)と高地ドイツ語(Hochdeutch)に分かれるが、ドイツ語の発生後の変遷を顧みると、主要な役割を演じたのは Hochdeutch の方である。
(ちなみに、オランダ人やオランダ語のことを Dutch というが、
もとは Deutsch の意)


この高地ドイツ語(Hochdeutch)は、時代順に、古高ドイツ語、中高ドイツ語、新高ドイツ語 [ Althochdeutsch(Ahd.), Mittelhochdeutsch(Mhd.), Neuhochdeutsch(Nhd.) ] と呼ばれる。
Ahd.Mhd. の境い目は1100年頃で。 Nhd.1500年頃(Luther の登場)に始まる。
ただし、言語の変遷というものは急激なものではなく、なだらかなものであって、
Ahd.Mhd.Nhd. へと徐々に移行して行った。従って、この時代区分は、あくまで便宜的なものである。

 1) Ahd. 時代: 屈折語尾や語幹の母音が豊富であった。その面影が、現代の固有名詞に少し見られる。
例えば、Otto, Hugo, Bruno といった名前は、この時代の名残りである。
また、この時代に Umlaut の現象が起きた。つまり、語幹の母音 a, o, u が、後続の i,j の影響を受けて、
ä ö ü に変化した現象のことで、すなわち、i を意識して i に近づいた舌の位置を取るという、一種の同化作用(assimiration)である。
その具体的な例として、現代語で見れば、Kraftkräftig, Romrömisch となるようなものである。

 2) Mhd. 時代: 屈折語尾や語幹のアクセントのない母音は弱まって、一様にeとなった。これは語幹の第1音節を強く発音するゲルマン語の傾向に由来する。 例えば、gebangeben, botobote の類い。


 3) Nhd. 時代
Ahd. の完全母音が Mhd. では一様に e となったが、Nhd. ではさらに、場合によって、脱落(a)もした。
 (a) sigeSieg, herreHerr, bergeBerg
さらに、この時代の特徴として、
単純長母音化(b) (Monophthongierung)
重母音化(c) (Diphtongierung) などがあるが、これはアクセントのある母音の「単純化」ないし「明瞭化」と思われる。
 (b) guatgut, müedemüde
 (c) mîn;mein, hûsHaus





 聖書 の翻訳は、古くからなされていたため、 Ahd. Mhd. Nhd. それぞれの特徴を、聖書の同じ部分の翻訳によって、見ることができる。以下に、比較のため、
そのごく一部分だけ(文意は「私たちの先祖は、この山でお祈りをしました、」)を載せる:

1) Tatian (830年頃、 Ahd.の典型的な文)
Unsara fatera in thesemo berge betôtun,
2) Evanglienbuch (1343
年)
Unsere vetere habin an gebetet aûf disem berge,
3) Züricher Bibel (1957
年)
Unsere Väter haben auf diesem Berge angebetet,







































ドイツ語の場合と同じように、英語を時代順に見ると、次のように分けられる。
Old English (古英語: 700年から1100年頃まで、英国で用いられた言語。
Middle English中英語: 1100年から1500年まで。
Modern English近代英語): 1500年以後、現代まで。

 OE は、アルフレッド大王 (King Alfred; 849-900?) 時代の英語(9世紀)で、
現代ドイツ語を現代英語から区別するような一般的特徴をまだ備えていた。
つまり、OE は現代ドイツ語の文法上の特徴をまだ持っていたということである。

例えば、 文法上の: Masculine,Neuter,Feminine の区別を持っていたこと、4種類の名詞の格があったこと、形容詞の語尾が強弱2通りの変化をしたこと、動詞の活用も今の倍、その他。
少しサンプルを示す。

4種類の名詞の格の例:





次は、動詞の活用の例:



1人称単複・現在形     過去形 
( I sing, we sing )    ( I sang, we sang )
ic singe, wê singath;  ic sang, wê sungon

 現在人称変化
1人称単数  2人称単数 3人称単数 
(I ride) ride;  ritst;   ritt



付け加えて言うと、イギリスの著明な言語学者ブラッドリィ:Henry Bradley (1851-1935) が、『英語発達小史』の中で、OE のまだ文法上の性別を持っていた名詞のいくつかを例に出して:
   
これらについて「ドイツ語同様不合理なもの」と述べているが、「不合理なもの」という発言には驚く。これらがすべて「現代の」ドイツ語の性と見事に一致していることは、驚嘆に値することではないか(cf. 現代ドイツ語:Hand,f.; Fuß,m.; Mädchen,n. Weib,n.)。


 ME. そして Mod.E. へ。
OEME の境目は、だいたい the Norman Conquest1066年のノルマン人によるイギリス征服)になる。この征服によって、ゲルマン系の語の文法上の性が、 同義のフランス語の性に同化し始める。そのことによって、文法上の性別が不安定になったようである。
極端な例だが、「月」と「太陽」は、両言語の性別が、逆である:
Dt.: der Mond, die Sonne; Fr.: la lune, le soleil

形容詞の性や格による語尾変化も、14・15世紀には消滅する。

上で見たように、OE.では強変化動詞(不規則変化動詞)の大部分が過去の単数と複数で異なる母音を持っていて、 ME. においてもこの区別は存続したけれども、Mod.E.に至って、統一され、 sang単複に用いるようになった。

 英語の語形変化の単純化を示すもう一つの特徴を挙げれば、それは仮定法 (subjunctive) の消滅である。
古い仮定法の形態上の特徴で、現在も残っているのは be と were の用法の他には、3人称単数現在で語尾-s を省くことだけ。 しかし、これも急速にすたれつつある。 
仮定法現在形の要求・祈願の例:イギリスの National anthum: God save the Queen. あるいは good-bye (これは God be with you ! の融合短縮形かと思う)など;
なお、説明は後に譲るが、仮定法過去形の were の生成は、ドイツ語の wäre と同じはず。


 ディヴィッドの息子:
例えば、the son of David the son of the man という表現があるが、これはフランス語 (le fils de David la fille de la femme) の影響のようである。
英語としては David's son the man's daughter という表現の方が一般的であろう。
この表現の仕方をドイツ語でまねると des Mannes Sohn などとなる。これはまともなドイツ語ではあるけれども、ドイツ語の方では、このような表現の仕方を sächsischer Genetivザクセン(サクソン)の所有格」と呼んでいる。ドイツ語としては、普通 der Sohn des Mannes die Tochter der Frau という表現になる。



 thou :

「2人称単数代名詞」の丁寧な(尊敬を表す)表現として、複数形を転用していたが、

ME 以来、thou の複数形 you, ye が優勢になり、
その適用範囲が広がる。

それでも、打ち解けた間柄には、2人称単数 thou が、
その後も長く用いられた。

現代語としては、thou およびその変化形 thy(所有格)thee(目的格)は、ほとんど消滅してしまった。


J. M. W. Turner
The Burning of the Houses of Lords and Commons (1835)
Philadelphia Museum of Art

それでも、今なお、聖歌、民謡、童謡の歌詞の中で、この 親称 は生き残っている。

酒呑み歌 (A drinking song): There is a tavern in the town の中:
Fare thee well, for I must leave thee, ...

かの有名な1849年の "Gold rush"。我が娘を失った Forty-niner の鉱夫が歌う:
Thou art lost and gone forever, / Dreadful sorry, Clementine! ...

あるいは、聖歌 ( A sacred song) Abide with me の数節:
I fear no foe, with Thee at hand to bless; ... Where is death's sting? Where, grave, thy victory? / I triumph still, if Thou abide with me!


 OE.以来発達してきた用法のひとつは、名詞形容詞的用法:
a silk hat, the bath-room door, the half-past-two train, etc.
これは「英語独特」の用法らしい。
cf. ドイツ語であれば、 Genitiv(所有格)を利用するか、合成語にするか、 あるいは、形容詞を用いるか、
または説明的に表現することになる。

 最近になって極めて重要な機能を持つようになったに、「助動詞 do 」がある。
do を用いない)古形の例:
詩『刺は残り、薔薇は死ぬ』の一節: ... I see and know not why / Thorns live reses die.
あるいは、忘れな草:forget-me-not
 ドイツ語としては、今でもこの表現の仕方が普通なのであるが (Ich weiß es nicht. = I know [it] not)
英語ではシェイクスピア (1564-1616) 以来、 否定文や疑問文では dodid による複合形が現在・過去の単純形に代わって一般化した。









 shall will について:
この二つの助動詞は未来以外の意味を含んでいる (shall: 義務、 will: 意志の観念 cf.ドイツ語)ため、 純粋に未来を表すwerden を持つドイツ語に比べて、 少し曖昧になる。
(ちなみに、同語源のドイツ語の助動詞 sollenwollen はそれぞれ基本的には義務と意志の意)

例えば、 She will have it tomorrow. は単なる「未来」かあるいは行う「意図」を持っているのか はっきりしない場合がある。 従って、ときに、
She wants to have it tomorrow. といった言い換えが必要になる。

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