比較文法(ドイツ語と英語)

















英語とドイツ語の枝別れ

まず例文。左が英語、右はドイツ語。
What is that? - Was ist das?
That is an apple. - Das ist ein Apfel.
I drink milk and water. - Ich trinke Milch und Wasser.

次は、英語、(イギリスとドイツの間の)オランダ語、そしてドイツ語:
I cannot understand. - (Ik) kan nit verstan. - Ich kann nicht verstehen.

並べてみればよくわかると思うが、この例では、英語とドイツ語は、少しスペルが違っているのが目につくであろう。


ゲルマン民族の移動:

5世紀の半ば頃、ゲルマン民族のうち、アングル族とサクソン族がブリテン島に渡り、先住民ケルトを山間に追いやって、自分たちが、ここに定住する。これらのアングロ・サクソンのもたらした言語が今日の英語の基礎である。
従って、英語はドイツ語と同じ、ゲルマン系の言語である。
当時の英語(アングロ・サクソン語:Old English)は、ドイツ語と同じような複雑な文法組織を持っていたようである。
例えば:
4つの格(主格、属格、与格、対格)、
動詞の人称変化(1人称単数:ride、2人称単数:ritst、3人称単数:ritt)。

ところが1066年のフランスの William the Conqueror によるブリテン島の占領、いわゆる the Norman Conquest(ノルマン人による英国征服)によって、 英語は一変した。













ノルマン人による英国支配は、その後300年にわたって続けられるが、
この支配者と非支配者との関係を表すものとして、常に引き合いに出されるのが次の例である:
すなわち、家畜を飼育するのはゲルマン系であるイギリス人である。
かれらのことばは、ox (Ochs), cow (Kuh), calf (Kalb), sheep (Schaf), swine (Schwein) (カッコ内はドイツ語)であるが、
しかし、それが料理されて、支配者であるノルマン人の食卓に上れば、ビーフ、ヴィール、マトン、ポーク( beef, veal, mutton, pork )など、ノルマン人のことば(ロマンス語形)となる。

英語は、ノルマン人による征服が一大要因となって、文法も大きく変貌してゆく。ひとことで言えば、異なる言語との交流と葛藤による、文法上の簡素化(格、動詞の変化の減少、その他)の進行、である。










 現代語

現代英語の語彙についてであるが、
ある統計によれば、ロマンス語系が55%、
ゲルマン語系が33%とある。

しかし、英語全体のわずか 1/3 しか占めていない
ゲルマン語系の語彙が、その使用頻度から見ると、
80%になるという。
なぜならば、基礎的な語彙を
ゲルマン語系の語が占めているためである。

これは英語が、
「本質的にはゲルマン語系の言語」
であることを示している。

Maria mit Kind
Albrecht Dürer / 1512 datiert
Kunsthistorisches Museum, Wien

 日本語を、英語やドイツ語やフランス語などと比較しても、ほとんど類似点は見いだせない。
そういうことを行なっても、有り体に言って、無意味なことになりかねない。




しかし、英語フランス語ドイツ語の相互の間には、文の構造、語の種類等に著しい類似点(相違点もあるが)が見られる。
そしてこの三者間の関係について、さらに言えば、英独の関係は、英仏ないし独仏の関係よりも近く、独仏の関係は英仏の関係よりも少し遠い。図式で示せば、左のようになる。三者と日本語のあいだにはギャップがある。





英独の枝分かれの時代よりも、時代をもう少しさかのぼってヨーロッパの諸語の関係に目を向ける。

印欧祖語Indogermanisch: Indo-European)が、分化していって、英語やドイツ語の基と見られるゲルマン基語 (das Germanisch) が発生した、と推測されている。
統一民族が存在したわけではないだろうから、印欧祖語とは、あくまで、ヨーロッパ諸言語に共通な祖語として推測されたものである。



 第1次子音推移:
ゲルマン基語が、ギリシア・ラテン語系(のちのイタリア語やフランス語などの系統)から分化した、その大きな特徴のひとつが、第1次子音推移(ゲルマン語音韻推移)(Erste Lautverschiebung: First Consonant Shift) と言われる現象である。
その時期は、およそ紀元前2千年あたりのようである。




これは子音の推移がその中心で、大まかに見れば、左図のようになる:つまり、p,t,k の音が、ゲルマン語では、ph,th,gh になり、ph,th,ghb,d,g に、そして b,d,gp,t,k に、と循環している、ということである。
ゲルマン基語が、他の他のインド・ヨーロッパ語に比べて違って来たが、それがでたらめではなく、このように法則的であることを、グリム兄弟がまとめた。それゆえこれはグリムの法則とも呼ばれている。

次に具体的な例を挙げてみる。
ゲンマン系のドイツ語を英語を、印欧祖語の体系を比較的忠実に示していると思われるラテン語、およびその系党のイタリア語とフランス語などに比較すると:

1) p, t, k の音が、ゲルマン語では f,s,h になった例:

ラテン語 イタリア語 フランス語 ドイツ語 英語
pater padre père Vater father
tres tre trois drei three
cor cuore coere Herz heart

2) f,s,h
b, d, g

ラテン語 イタリア語 フランス語 ドイツ語 英語
frater fratello frère Bruder brother
filia figlia fille Tochter daugter

2) b, d, g
p, t, k

ラテン語 イタリア語 フランス語 ドイツ語 英語
decem dieci dix zehn ten
duo due deux zwei two
granum grano grain Korn corn

これは、ロマンス語は比較的もとの子音を残しているが、ゲルマン語の子音が変わったことを示している。




次いで、時代が下って、6-7世紀ごろに起こった Second Consonant Shift について:
この時期に、ドイツ語と英語のつづりの違いが生じた。端的にいえば、つづり字に関してであるが、英語(アングロサクソン語)は変わらなかったのに、ドイツ語が変わった、ということである。

この現象は、高地ドイツ語が他の(西)ゲルマン語から分かれるときに起こった。6世紀にに南ドイツの山岳地方で子音の変化(子音推移)が始まり、7世紀末に中部ドイツまで北進して停止したと言われている。
したがって、北部の沿岸地方ではその影響を受けなかった。
その結果、高地ドイツ語(今日の標準ドイツ語)と低地ドイツ語とに分かれた(英語はこの低地ドイツ語の系統)。

このときも、第1次子音推移のときと似た、子音の交替の循環が生じている:

つまり、
1) 無声閉鎖音(Tenuis) が摩擦音(Spirant) に:ppf,ftz
2) 摩擦音は有声閉鎖音(Media) に:thd など、
そして 
3) 有声閉鎖音は無声閉鎖音へ:dt など、
という循環である。

英語 ドイツ語
1)
pipe pfeife
help helfen
ten zehn
2)
that das
brother Bruder
3)
drink trinken
middle Mitte

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