翌日神山正が出頭した。会ってみると、四十才を過ぎたと思われる、見るからに確りした感じで、応対も落ち着いて礼儀正しい。この人物ならこちらの真意がわかってもらえると思った。

「お忙しいところ来ていただいて有り難うございました。実は佐藤克子さんの件ですが、既にご存じですね」

「はい、大体は家内から聞いております。大変お手数をおかけしております」

「そのことについて貴方に力を貸していただきたいと考えているのですが。佐藤さんは、衣裳代金は払ったと言い、相手は受けとっていないと言い、どちらが本当か調べたところ、被害者側は、払ってもらわず従って領収書も渡していない、と言うのです。ところが佐藤さんは、払って領収書も貰ったが、品物を受け取ったから必要ないと思って捨ててしまった、と言うのです。もしそのとおりとすると、呉服店の方に領収書の控えがなければならないのですが、その控えがないのです。

 さらにもう一つ、佐藤さんは、代金は漁業組合から一時借用して支払い、手帳にそのことが書いてあると言うのですが、提出してもらった手帳には、成程そのような記載はあるものの、どうも事件になってから書き込んだのでないかと思われます」

 と説明してその手帳の該当部分を示し

「この文字とこれを挟んだあとさきの字のインクの色が違うのです。前後の字の色が古いことが分かりますし、また、結婚相手の後藤さんにも聞いたのですが、佐藤さんに頼まれて『組合で貸しました』という書類は書いたが、そのような事実はないとのことです。

 このような証拠関係から、検察官としては、詐欺の事実は認めない訳に行かないのです。けれども、この事件は計画的な犯行ではなく、たまたま衣裳を受け取ったときご主人が不在のため娘さんだけで、佐藤さんは、娘さんが代金の請求をしなかったことから、出来心で、そのまま帰ってしまったのだと思います」

 山本は一呼吸おいて

「しかし、被害事実が分かっているのに衣類をそのままにして置く訳に行かず、被疑者が飽くまでも否認を続けるならば、やむを得ず起訴しない訳に行かないのです。しかし、まだ若い佐藤さんを、一時の出来心から犯した罪を暴いて、将来を台無しにさせたくないのです。後藤さんを呼び出したのも不本意だったのですが、佐藤さんが自分の立場を有利にするために手帳を出したので、やむなく呼び出したのです。事実が分かったので、同人には『事情が分かったので、無事に結婚式を挙げて下さい』と言って置きましたが、今後の気持ちが心配です。あなたの納得が得られるならば、本人に、被害者に品を返すよう説得してもらいたいのですが、如何でしょう、貴方が納得いったらの話で、無理にお願い出来ないのですが」

 神山は山本の言葉を聞き終えて

「いろいろお手数をおかけし申し訳ありません、早速本人と話し合って見ます」

 と深々と頭を下げて部屋を出た。
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