ブラウンシュヴァイク工科大学  
心理学研究所 発達心理学科  
カーレン・ヤーン作(T.Kamata 訳)

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 むかしむかし、ふたりの小さな少女が住んでいました。ふたりはとてもよく似ていました。名前はカティンカとマルシュカといい、ふたごのきょうだいでした。
 ふたりは、とても美しい庭のある、大きな家に住んでいました。
 カティンカとマルシュカは、その広い庭のすみで、青い色の小さなボールで遊ぶのがいちばん好きでした。
 そこには、古いレンガの壁の一部が残っていました。それはあずまや(庭の小屋)の外壁でしたが、あずまやはとうに壊れていました。
 ある日のこと、カティンカは、ボールをうっかり壁のむこうに投げてしまいました。
 そのとき、ふたりの少女は、とつぜんある奇妙な声を聞きました。
 「いたたた! いったいこんなに大きなボールをここで投げるのは誰だ?」
  カティンカとマルシュカが壁のうしろをのぞいて見ると、そこにひとりのとても小さな少年が立っていました。少年はとてもりっぱな身なりをしていました。
 「君たちのどちらかがこのボールを投げたのか?」と、少年が聞きました。
 「ええ私です」と、カティンカが言いました。「ほんとうにごめんなさい。私はわざとしたのではありません。」
 「よろしい、とっても痛かったのだけれども、君たちを許そう」と、その小さな少年は言いました。 「どっちみちぼくは、君たちのどちらを叱ったらよいのかわからない。君たちはまったくそっくりに見えるよ。」
 「ええ、だって私たちはふたごですもの」と、マルシュカが言いました。「しかしあなたはいったい誰で、そしてどこから来たのですか。」
 「ぼくは、光の国を治めている王さまの、その家来です。ぼくの名前はイングラバンです。ぼくは王さまを助けることができるひとを捜しています。
王さまの宮殿のすぐ近くの、巨大な洞窟(ほら穴)に、大きな竜が住んでいます。そいつはまったく奇妙なことをやっています。一日じゅう、大きな重い石で、防壁(高い石の壁)を築いています。それで、夕日の国への道は、まもなくぶさがれてしまうでしょう。
君たちは、ぼくよりもずっと背が高いし、それにふたりともまったくうりふたつだから、君たちはひょっとして竜をだますことができるかもしれない。
そして、竜がどういうわけでそんな石の壁を築いているのかを、見つけだすことができるかもしれません。もちろん君たちに、その竜のところへ行けるほどの、勇気がなけれぱならないでしようね。」
 疑わしそうに、イングラバンはカティンカとマルシュカを見つめました。このふたりはぼくと王さまを助ける勇気を持っているだろうか。
 ふたりの少女は長いこと考える必要はありませんでした。
 小さな家来のイングラバンは、本当に今すぐにも彼女たちの助けを必要としているし、そしてふたりの家の近くには、少年が相談できるようなひとは、ほかにもう誰も住んでいませんでした。
 「それが私たちにできることなら、よろこんであなたのお手伝いをします」と、カティンカとマルシュカが答えました。「竜の洞窟へはどうやって行くのですか。」
 「そこまではとても遠い。私が君たちに道を教えよう」と、イングラバンは言いました。
 少年はある入口のところへ行きました。その入口は、古いレンガの壁の下の方の端にあって、背の高い草のかげに隠れていました。
 長い石段が、下へ向かって、暗やみの中へと続いていました。
 「これは昔からの秘密の入口で、君たちの庭から、ぼくの王さまの宮殿まで続いている」と、イングラバンは説明しました。
 「以前に、わるい魔法使いがあれこれ乱暴なことをしたときには、王国の人たちは、この通路を通って、魔法使いからのがれることができました。
しかし、その魔法使いは、幸いにも、ぼくたちのところにはもういません。」
 三人は、暗やみの中へどんどん降りてゆきました。カティンカとマルシュカには、もうほとんど何も見えませんでした。
 するとイングラバンが、ポケットから、光の烏の羽根を一本とり出しました。その羽根はとても明るく輝いたので、道がよくわかるようになりました。
 カティンカとマルシュカとイングラバンは、ずいぶん長いこと、その秘密の通路を歩いてゆかなけれぱなりませんでした。
 ついに、こんどは上へと続いている石段が、三人の前に現われました。そしてその石段の最後の段を上がると、目の前は、明るい太陽が揮き、たくさんの美しい花の咲いている草原でした。