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 さて、英語はドイツ語とフランス語が結合したもの、と言ってきたが、
次に、その英語の構成、とりわけ、現代英語の語彙の構成について見てみる。

 英語は、その中核(コア)の部分がゲルマン語で、
そのまわりをロマンス語(とくにフランス語)が包んでいる、という構成になっている。
卑近な例えで言えば、
桃や杏の (stone) の部分がドイツ語で、果肉の部分はフランス語、ということになろう。

 そして統計上は、その割合が、ゲルマン語系が3割強、ロマンス語系が6割弱、のようである。
ところが、ゲルマン語系の語彙は、占有率が英語全体の3分の1にすぎないが、
ここで観点をかえて、その使用頻度から見れば、
その占める割り合いは、日常会話に限っての話だが、80%に上ると言われる。
その理由は、基礎的な語彙(きわめて身近なことば)を、
つまり、核の部分をゲルマン語系の語が占めているためである。

 例えば、
英語の「父」father (Vater)「母」mother (Mutter)「兄弟」brother (Bruder)
「姉妹」sister (Schwester)、「食べる」eat (ess-en)「飲む」drink (trink-en)
「行く」go (geh-en)「来る」come (komm-en)などは、
語源をドイツ語と共有している、ということである。

もう少しだけ、以下に例を挙げる。(右の文がドイツ語)

 What is that?
 Was ist das?
 That is an apple.
 Das ist ein Apfel.
 I drink milk and water.
 Ich trinke Milch und Wasser.

 並べてみればよくわかると思うが、この例では、
英語とドイツ語の差は、少しスペルが違っているぐらいのものである。
なお、ここでは触れないが、子音推移 (consonant shift) の現象を参照すると、
この両者の相対関係はより明瞭になる。



 次に、ゲルマン語系の英語とドイツ語が枝分れをし、
のちにこの英語にロマンス語系のフランス語が介入してきたことについて、
若干のコメントをする。
 5世紀の半ば頃、ゲルマン民族のうちの1種族であるアングル族とサクソン族が、
ヨーロッパ大陸からブリテン島へ渡り、先住民のケルト人を山間に追いやって、
自分たちがそこに定住する。
その時点で英語とドイツ語の分枝が始まったと言える。
そして周知のごとく、
これらのアングロ・サクソン (Anglo-Saxon) のもたらした言語が、今日の英語の基礎である。
従って、英語はドイツ語と同じゲルマン系の言語であり、
ロマンス語系のフランス語からは、言語として、そもそもは少しく離れていた。

 ちなみに、England の意味するところは、「アングル人 (Angle) の国」のはずである。
フランス語では、Angleterre(オングルテール、アングルテール)と
「アングル人の国」そのままの表現になっている (terre: land)


 ところが、
1066年のフランスの William the Conqueror によるブリテン島の占領、
いわゆる the Norman Conquest(ノルマン人による英国征服)によって、
英語はフランス語の、もっと正確に言えば、中世のノルマン人のフランス語に、多大な影響を受けた。
これまでに述べてきた英語の特異性は、すべてこの事件に起因する、と言っても過言ではなかろう。

 この英国を支配したノルマン人の貴族は、当然フランス語を使っていたが、
三百年後には、その貴族たちの子孫において、フランス語が消えてしまった、という話がある。
このことは裏を返せば、三百年のあいだ Norman French は英語に対し、
大なり小なり影響を与え続けた、ということにもなる。


 さて、ブリテン島における、この支配者と非支配者との関係を表すものとして、
よく引き合いに出されるのが、次の例である。

 すなわち、家畜を飼育するのは、非支配者であるゲルマン系のイギリス人である。
かれらのことばは、現代語 (Mod.E.) で言えば、
ox [ Ochs ], cow [ Kuh ], calf [ Kalb ], sheep [ Schaf ], swine [ Schwein ]
(角カッコ内は現代の標準ドイツ語)であるが、
しかし、それがいったん料理されて、支配者であるノルマン人の食卓に上れば、
ビーフ、ヴィール、マトン、ポーク( beef, veal, mutton, pork )など、
ノルマン人のことば(ロマンス語形)となる
(なお、これらは、Middle Norman French に由来するものであろうから、
現代の標準フランス語と同形というわけではない)。

 現代フランス語では、
bœuf (英語の beef と同根、発音はベッフとブッフの中間)は牛の総称だが、
dauve de bœuf (ドーヴドベッフ: ビーフシチュウのようなもの)とか
côte de bœuf(コートドベッフ: バラ肉)と言ったり、
あるいは、porc(ポール)も生き物の豚一般を指すが、
例えば、ドライ・ソーセージ(一種のサラミ)の包み紙に、
saucisson sec pur porc(ソシソンセック・ピュルポール: 乾燥腸詰め、純粋ブタ肉)
などと書いてあるように、同じ語を食肉や料理にも用いる。

 ドイツ語でも、
例えば、Kalb ( calf ) は英語のように生きた仔牛を指すが、
beefsteakKalbbraten (カルプブラーテン: 仔牛の焼き肉)と言うし、
あるいは 、
英語の swine と同根の Schwein も雌雄の区別なく豚一般を指す
(「このブタ」と、ひとを罵倒するときにももちろん使える)が、
豚の焼き肉、roast pork は、Schweinebraten(シュヴァイネブラーテン)となる。

 要するに、フランス語でもドイツ語でも、家畜名と食肉・料理名は、特に区別がない。
「英語においては、区別をする」ということは、
単に、以上に述べた英語の歴史的事情の反映にすぎない。

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