'13年・北イタリア行メモ >>
19-1.<< 8/18(日)トリエステからヴェネーツィア・Ghetto >>
強めにノックすると、聞こえたようで、開けてくれたが、言うには、

「この小路を出て、右に曲がってすぐのところのホテル○○に行ってくれ」とのこと。

「何だこれは?」と思ったが、ともかく、いったん、表通りに戻り、

言われたとおり、すぐ右手のホテルの階段を上がると、フロントがあり、

てきぱきと応対している太めのオバさんがいた。

「14時に部屋に入れる」とのことゆえ、荷物を預けて、地図をもらい、町へ。

The city maps above : from "Baedekers Allianz Stadtplan, Venedig."
© Mairs Graphischer Verlag
Verlag Hallwag A.G.
予報(ヴェネーツィア)は 晴れ30℃、と言っていたが、32度はある。

トリエステの宿、今日もたらふく食べて支払いを済ませ、

09:18発のRegionale Veloce(1718)でヴェネチアへ。

ヴェネチアまでは近い、快速で2時間。

1等車は空いていて快適、と思っていたら、だんだん人が増えてきて(車掌が来ない)、途中で満杯になった。

宿は、一昨年泊まったホテルの小路の、もう1本つぎの小路。

場所はすぐにわかったのだけれども、玄関とおぼしきガラスのドアが開かない。

脇の呼び鈴を押しても、応答なし。

そのとき、ガラス越しに、娘さんが奥の鉢植えか何かに水やりをしているのが見えたので、


カンナレージョ運河にかかるグーリエ橋(Ponte delle Guglie)を渡ってすぐに左折、

少し行って右手の小路(Calle Ghetto Vecchio)を入ると旧ゲットー。

10年ぶりだが、当時は静かな広場だった。

いま、様変わりして、大賑わい。

新ゲットー(Ghetto Nuovo)のところから橋を渡り(フォト)、

少し歩いて、いつもの大通りサン・レオナルド通り(Rio Terra San Leonardo)へ。

そこから先しばしゆくと(通り名は変わる)おととし利用したスーパー(Billa)。

この店で、

(肉のたっぷり入った)ラザーニャ

(lasagne alla carne)と

パルマ風ナス料理

(melanzane alla parmigiana)、

ビール(ドイツからの輸入品ピルスナー、

1本5X3。



以上を仕入れて、先ほど荷物を預けたホテルへ戻る。


フロントに先ほどのオバさん、脇に新しく、ジイさんがいる、

そのひとが案内役で、われわれはふたたび荷物を持ち、先般の小路の場所へと逆戻り。

ジイさんの言「宿泊はこの小路のホテル、朝食は表通りのホテルの食堂で」

玄関のドアと部屋のドアのカギを渡される。こういうのはよい。出入りが自由で楽だ。

〜〜〜〜

旅行中、連れは毎日、入浴時にシャツや下着の洗濯をする。

その折、こちらはあらかじめ、室内に、適当なフックを選び、干し物用の紐を張り渡しておく。

きょう、縦長の洋服ダンスの中のポール(位置はかなり高い)にひもを結び、

(引き出されていた)引き出しに、ひょいと足を掛けたら、タンスが手前に倒れてきた。

慌てて支えようとしたが、支えきれずに、仰向けにひっくり返り、下敷きになってしまった。

シャワーを浴びていた家内が、裸のまま飛び出して来て、手を貸してくれたので、

ようやくのことで起き上がり、ふたりでタンスを元へ戻した。

さいわい全身に打撲が分散したので、大事に至らずに済んだ。

足のスネに擦り傷が少々、青アザが3、4カ所。

ふしぶしが痛いが、大したことはない(幸い)。
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