'10年・シチリアとプ−リアへの旅 >>
07-1.<< 8/8(日)無人駅のエンナ >>
9時50分発のアグリジェンド行きは3番線、この列車でエンナへ向かう。

たった2両だけだが、車両は新しい。

エアコンも効いていて、快適である。エートナ山 (3,236m) が見える。1010分、エンナ着。

駅のホームから、西の方向、かなりの高さの台地の上に集落が見える。

このときは、この集落がエンナか(人口3万人弱、古名はカストロ・ジョヴァンニ、

ゲーテの『イタリア紀行』にはこの名で出てくる)と思った

(が、見えたのは、エンナと似たような地勢のカラシベッタだった。

人口は5千人ほどの村。このことはあとでわかった)。

駅舎に誰かいるかと思ったが、すべてのドアにカギがかかり、完全に閉鎖している。

駅前には、個人の車が、2台、止めてあるだけ。人気はない。バスもタクシーもない。まったくたまげた。

しかし、ただここにじっとしていても始まらない。歩くことにした。

もうすでに日差しが強い、そして上り坂。楽ではない。先の方に家がぽつりぽつりと見える。

そのうちの一軒の呼び鈴でも押して、タクシーを呼んでもらおうか、などと思いながら、

ゆっくりと上って行った。

ところが、途中の家々は、空家ないし廃屋ばかり。

このあたりの場所が不便になって、家を捨てたのだろうか。20分ほど歩いた。

すると車のレンタルか出張修理の事務所らしきブルーの建物が見えてきた。

これは新しそうな建物だった。と、小さな子供3人とおじさんが見えた。

「旅行者かな」それなら事務所の中の人にでも、と近づくと、向うから「何かご用ですか」と聞いてきた。

それで「町の中へ行きたいのですが、タクシーを呼んでくださいませんか」

すぐ、脇に止めてあった出張修理の(JAFのような)トラックから

ケータイを取り出して、かけてくれた。

タクシーを待っている合間に聞いたら、「エンナに住んでいて、この事務所で働いている」

とのことだった。

3人の小さな女の子たち、皆、顔立ちがよい。そのことを親父さんに言うと、相好をくずした。

タクシーは、しばし後に、来た。

ホテルの住所と名前を告げると、つづら折りの道を上って行った。けっこうな距離だった。

ホテルの前の広場に止めて、20ユーロと言う。「高いね」と言ったら、「スタンダルト」

ホテルのフロントに老人。名前を告げると「予約はしたのか」

こういうことがある。持参したプリントアウトを渡す。2階の部屋へ案内される。

「広場側と見晴しのよい側、どちらか選んでくれ」見晴しのよい方にする。


ひと休み後、フロントへ。地図をもらいがてら、明日の列車の運行を聞く。

10時7分発と10時45分発、どちらも走っている由。ついでに駅までのタクシーのこと。

「来るときは20だったが高いか?」―「高くはない。15か20だ」

「明日のタクシーは何時に来てもらうか? 15にさせる」―「9時30分に」

「列車ではどこへ行くのか?」―「カルタニセッタ」

「それなら近いから、タクシーで行ったらどうだ?」―「いくらかかるのか」

「ふつうは50だが、35で行くかどうか聞いてみる」と電話をかけて交渉し「35でOKだ」

「駅までタクシーそして列車とどちらが高いか」

「カルタニセッタまでは 35km、時間もたった30分、駅までタクシー、

そして二人の切符の料金、と比べれば、カルタニセッタまでタクシーで行く方がよい」

もっともな話だ。「それではタクシーにする」。

「奥さんと話をしろ」と、部屋へ電話をかけ、受話器をよこす。

呼び出し音が10回以上も鳴ってから、やっと「ハロー」などと、応答がある。

「オレだ」 家内に事情を話してから、「オーケーだ。タクシーは10時に来るようにしてください」

この手段の方がたしかにベターだ。あの無人の駅までタクシーで行っても心もとない。

ひと休み後、町へ。

が(東の方向へ)回って、西の方も見学しようと少し歩いたが、途中で、やめることにした。

暑くてかなわん。

ホテルには、かの老フロントの息子と思われる中年の男。ホテルからの眺めは申し分ない。

青空も広がり、気持ちよい。これには満足した。

カターニアの店で購入したワインも渋くてじつにいい味。


「夕景色でも撮ろう、それまで一眠り」と思って寝たのだが、

目が覚めたら、夜の10時過ぎ、とうに日は沈んでいた。部屋は快適な涼しさ。

単に内陸だけのせいではなさそうだ。高い台地のせいか(標高は900990m だから、軽井沢と同じくらい)。
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