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10.モンペリエで怪我
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夜半にトイレに起きた。
ここのホテルの部屋は広い。
ベッドから離れた壁際に机と椅子があり、そこに荷物を置いていた。
寝ぼけまなこで、ベッドへ戻ろうと、暗い中を手探りで歩いた。
とたん、何か(荷物)につまずき、
前につんのめり、顔を思い切り何かにぶつけた。
椅子の背もたれの角だった。
文字どおりに、眼から火が出た。
手をあてがうとヌラッとする。目ヤニにしてはおかしい。
洗面所に戻り、電気をつけた。
右目の周囲が血だらけだ。
ザブザブ顔を洗ってみたら、幸い、目玉は大丈夫だった。
目尻の少し上が、1センチほど切れ、傷口が開いている。
これはちょいとまずい、と思ったが、
痛みはいささかあるものの、出血は、それほどひどくはない。
カット絆に、手持ちの化膿止めの(抗生物質入りの)軟膏を塗り、
それを張り付けて、傷口を塞いだ。
ベッドに戻り、しばらくすると、
血が頬をつたうのを感じ、急いで枕元のチリ紙で拭った。
これを明け方まで、何度か繰り返した。
おかげで、あまり寝た気がしない。
が、まあ止むを得ない。
ホテルのベッドを、あまり汚すわけにはゆくまい。
朝、起き上がったころには、出血は、何とか治まってきた。
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ここは朝食代は別なのだが
(フランスのホテルは朝食込みのところもあるが、概して、朝食は別料金だった)、
ハムは一種類だけ、コーヒィはまあまあ、というところ。
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9時にホテルを出て、まもなく、
東端の公園(ション・ド・マルス公園)ところに来ると、
マルシェの用意をしているところだった。
まだ人出はほとんどない。
そこを過ぎて、公園の中をもう少しゆくと、
向うから、すがた格好からして地元の、オバサンが歩いてくる。
オバサンに、これから歩いてゆくための目安にしようと、
ミュゼ・ファーブルの場所を聞いた。
しかし親切この上ない、このオバサンは、
「こちらが、美術に大いに関心があり、それで探している」
と思い込んだようだ。
「私がミュゼのところへ連れてゆくから、後についてきなさい。」
「(館の場所はわかったので、)どうもありがとうマダム、しかし私はあとでそれを見たい」
と言って、婉曲に断ろうとしても、
「あなたはせわしい、私たちフランス人はゆっくりゆっくりです」と、
まずは、ファーブル美術館のすぐそばまで連れてゆかれ、
「ここはごらんの通り、今は工事中です。中に入ることはできません。
この先の案内所で、もうひとつ別なミュゼの情報を求めるとよろしい。
私がこれから、そこまでお連れします。」
「ご親切に、奥さん。あとで、そこへゆきます。いまは、別のところへゆくつもりです。」
すると、もう親父はダメだ、という仕草で、
こんどは娘の方に近づき、肩に手をおいて、英語まじりで、そして噛んで含めるように、
「ここから3キロメートルのところにもう一つの美術館があります。そこを訪ねてみなさい。」
と、言い残して、去っていった。
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公園の先の方まで行って、そこでUターンをした。
さきほどの、工事中のミュゼのところまで来ると、
その工事現場へゆこうとする穏やかな表情のおじいさんが、向うから歩いてきた。
たがいにすれ違うときに、目が合うと、
「何か知りたいのか」とあいそよく話しかけてきた。
この通りのみごとな並木に見とれていたときだったので、
「これらの木々の名前は何というのですか。」と聞いてみた。
「こちらはプラタヌ(プラタナス)、向うはマロニエ」ということだった。
そうだ、ドイツ語のカスターニエンは、フランスではマロニエだ。
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モンペリエの町を、東から西へ横切ろうとするが、
例によって、小路がやたら入り組んでいて、方向がすぐに怪しくなる。
もうどの辺に来ているのか、まるでわからない。
と、何かの建物の、その裏門のようなところに出た。
その中へ入ってゆく人のチェックを、(男の)警官がしている。
婦人警官が、その脇に立っていた。
こちらは手が空いている風なので、水道橋へゆく道を聞いてみた。
「ここは県庁です。凱旋門と水道橋へは、
この先の角を右に曲がり、あとはまっすぐ行けばよい。」ということだった。
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水道橋を見て、さて次はどうするかと、連れの方を見やったら、
娘が、胃が痛い、と言う。
何もとくべつ変わったものを、食べてはいないはずだが、
とにかく、具合が悪いのでは、歩き回れない。
まっすぐ宿に戻ることにする。
どうも原因は、2日ほど前に買った、ペットボトルのミネラルウォータのようだ。
それを、きょうも、歩きながら、口にしていた。
娘には何も食べずに、ベットに寝ているように言いのこして、
まだ午前11時なので、家内と二人で外出し、けさ訪れた公園へ行ってみた。
朝は、まだ用意し始めたところのせいか、閑散としてしていたマルシェが、
今はえらく繁昌している。
ソーセージ、ワイン、ビールその他を求めて、中心街を歩く。
まず、食料品店で、毎日のことだが、500ccのカンビールを4本買う。
その右はす向かいに、ワインの専門店があった。
入るとチャイムが鳴り、店員が出てきて、
「何か?」という顔をするので、
「少し待ってくれ」と言ってから、棚の品を物色した。
適当に、ボルドーを一本、値段で選んで、レジに持っていった。
店員はおあいそに、「これはボルドーのたいへんよいワインです。」
少し歩いて、シャルクュティエ(デリカテッセン、調整肉店とでもいうのか?
主にハム、ソーセージ類を売る店)を見つけたので、入ってみた。
例の白まぶしの乾燥ソシソンが、
ウィンドウケースの上に、籠に入れて置いてあった。
そこの兄チャンは、こちらはよくよく念を押したが、
「このままで1週間以上、10日は持つ。冷蔵庫に入れなくてよい。」
と断言した。
冷やして売っているものは、身が柔らかい。
そして、そのままではあまりもたない。
また、このタイプのものは、
全体を包んでいる皮が、合成のもので、
両端は金属で留めてあったり、する。
きょうの品は常温のまま、籠に入れて並べてある。
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皮は本物の腸で、端は紐で縛ってあって、
白いカビ(と思う)が、
粉をまぶしたように、全体を被っている。
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味も、こちらの方が、格段によい。
この「乾燥ソシソン」(saucisson sec pur porc) は、前にも書いたが、
最初、パリ北駅の乾物屋で、試しに買って以来、すっかり味を占めた。
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