'04年・フランス漫歩の巻
10.モンペリエで怪我
夜半にトイレに起きた。

ここのホテルの部屋は広い。

ベッドから離れた壁際に机と椅子があり、そこに荷物を置いていた。

寝ぼけまなこで、ベッドへ戻ろうと、暗い中を手探りで歩いた。

とたん、何か(荷物)につまずき、

前につんのめり、顔を思い切り何かにぶつけた。

椅子の背もたれの角だった。

文字どおりに、眼から火が出た。

手をあてがうとヌラッとする。目ヤニにしてはおかしい。

洗面所に戻り、電気をつけた。

右目の周囲が血だらけだ。

ザブザブ顔を洗ってみたら、幸い、目玉は大丈夫だった。

目尻の少し上が、1センチほど切れ、傷口が開いている。

これはちょいとまずい、と思ったが、

痛みはいささかあるものの、出血は、それほどひどくはない。

カット絆に、手持ちの化膿止めの(抗生物質入りの)軟膏を塗り、

それを張り付けて、傷口を塞いだ。

ベッドに戻り、しばらくすると、

血が頬をつたうのを感じ、急いで枕元のチリ紙で拭った。

これを明け方まで、何度か繰り返した。

おかげで、あまり寝た気がしない。

が、まあ止むを得ない。

ホテルのベッドを、あまり汚すわけにはゆくまい。

朝、起き上がったころには、出血は、何とか治まってきた。
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ここは朝食代は別なのだが

(フランスのホテルは朝食込みのところもあるが、概して、朝食は別料金だった)、

ハムは一種類だけ、コーヒィはまあまあ、というところ。
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9時にホテルを出て、まもなく、

東端の公園(ション・ド・マルス公園)ところに来ると、

マルシェの用意をしているところだった。

まだ人出はほとんどない。

そこを過ぎて、公園の中をもう少しゆくと、

向うから、すがた格好からして地元の、オバサンが歩いてくる。

オバサンに、これから歩いてゆくための目安にしようと、

ミュゼ・ファーブルの場所を聞いた。

しかし親切この上ない、このオバサンは、

「こちらが、美術に大いに関心があり、それで探している」

と思い込んだようだ。

「私がミュゼのところへ連れてゆくから、後についてきなさい。」

「(館の場所はわかったので、)どうもありがとうマダム、しかし私はあとでそれを見たい」

と言って、婉曲に断ろうとしても、

「あなたはせわしい、私たちフランス人はゆっくりゆっくりです」と、

まずは、ファーブル美術館のすぐそばまで連れてゆかれ、

「ここはごらんの通り、今は工事中です。中に入ることはできません。

この先の案内所で、もうひとつ別なミュゼの情報を求めるとよろしい。

私がこれから、そこまでお連れします。」

「ご親切に、奥さん。あとで、そこへゆきます。いまは、別のところへゆくつもりです。」

すると、もう親父はダメだ、という仕草で、

こんどは娘の方に近づき、肩に手をおいて、英語まじりで、そして噛んで含めるように、

「ここから3キロメートルのところにもう一つの美術館があります。そこを訪ねてみなさい。」

と、言い残して、去っていった。
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公園の先の方まで行って、そこでUターンをした。

さきほどの、工事中のミュゼのところまで来ると、

その工事現場へゆこうとする穏やかな表情のおじいさんが、向うから歩いてきた。

たがいにすれ違うときに、目が合うと、

「何か知りたいのか」とあいそよく話しかけてきた。

この通りのみごとな並木に見とれていたときだったので、

「これらの木々の名前は何というのですか。」と聞いてみた。

「こちらはプラタヌ(プラタナス)、向うはマロニエ」ということだった。

そうだ、ドイツ語のカスターニエンは、フランスではマロニエだ。
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モンペリエの町を、東から西へ横切ろうとするが、

例によって、小路がやたら入り組んでいて、方向がすぐに怪しくなる。

もうどの辺に来ているのか、まるでわからない。

と、何かの建物の、その裏門のようなところに出た。

その中へ入ってゆく人のチェックを、(男の)警官がしている。

婦人警官が、その脇に立っていた。

こちらは手が空いている風なので、水道橋へゆく道を聞いてみた。

「ここは県庁です。凱旋門と水道橋へは、

この先の角を右に曲がり、あとはまっすぐ行けばよい。」ということだった。
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水道橋を見て、さて次はどうするかと、連れの方を見やったら、

娘が、胃が痛い、と言う。

何もとくべつ変わったものを、食べてはいないはずだが、

とにかく、具合が悪いのでは、歩き回れない。

まっすぐ宿に戻ることにする。

どうも原因は、2日ほど前に買った、ペットボトルのミネラルウォータのようだ。

それを、きょうも、歩きながら、口にしていた。

娘には何も食べずに、ベットに寝ているように言いのこして、

まだ午前11時なので、家内と二人で外出し、けさ訪れた公園へ行ってみた。

朝は、まだ用意し始めたところのせいか、閑散としてしていたマルシェが、

今はえらく繁昌している。

ソーセージ、ワイン、ビールその他を求めて、中心街を歩く。

まず、食料品店で、毎日のことだが、500ccのカンビールを4本買う。

その右はす向かいに、ワインの専門店があった。

入るとチャイムが鳴り、店員が出てきて、

「何か?」という顔をするので、

「少し待ってくれ」と言ってから、棚の品を物色した。

適当に、ボルドーを一本、値段で選んで、レジに持っていった。

店員はおあいそに、「これはボルドーのたいへんよいワインです。」


少し歩いて、シャルクュティエ(デリカテッセン、調整肉店とでもいうのか? 

主にハム、ソーセージ類を売る店)を見つけたので、入ってみた。

例の白まぶしの乾燥ソシソンが、

ウィンドウケースの上に、籠に入れて置いてあった。

そこの兄チャンは、こちらはよくよく念を押したが、

「このままで1週間以上、10日は持つ。冷蔵庫に入れなくてよい。」

と断言した。

冷やして売っているものは、身が柔らかい。

そして、そのままではあまりもたない。

また、このタイプのものは、

全体を包んでいる皮が、合成のもので、

両端は金属で留めてあったり、する。

きょうの品は常温のまま、籠に入れて並べてある。
皮は本物の腸で、端は紐で縛ってあって、

白いカビ(と思う)が、

粉をまぶしたように、全体を被っている。
味も、こちらの方が、格段によい。

この「乾燥ソシソン」(saucisson sec pur porc) は、前にも書いたが、

最初、パリ北駅の乾物屋で、試しに買って以来、すっかり味を占めた。
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