'02年・イギリス瞥見の巻
16-2.地下鉄を乗り捲り、そしてヒースロウへ(2)
( continued )
 これもこのとき気がついたのだが、連れどもの向かい、小生と同じ側の、ドアを挟んで左側の席に、ひとりの比較的若い男が座っていた。
 身支度は特に変わってはいず、普通だったが、背の高いがっしりした体格で、目付きの険しい男だった。
 この男は、連れにあとで聞いてみたら、我々の乗る前から、この席に座っていた、ということだった。
 大柄な、臭う男は、この男と目配せ、あるいは、単に目で挨拶をしただけかもしれないが、をした。
 仲間というわけではないが、何らかの知り合いではあるようだった。
 目配せ?をしてから、こちらを見て、顔に薄笑いを浮かべた。
 そのあとも、眼が会うと、こちらをじっと見てニヤッとする。
 この男と睨めっこをするほどの気力は持ち合わせていないが、
 さりとて、目を離すと、相手の動向がわからない。
 ときどき、そして間断なく、何気なさそうに顔を向け、顔の表情を見て、用心だけはしておいた。
 ベイズウォーターを過ぎ、次はこちらの降りる駅になったが、
 駅の手前で、電車が臨時停車をし、しばし動かない。
 二人の男と我々のほかは、かなたの、車輛の前部に2、3人が見えるだけだった。
「膨らんだ男の身体の動きは緩慢そうに見えるので、左手の男と共謀して何かをする、ということはないだろう、が、金を無心に来る、ぐらいのことはするかな」
 などと考え、いちおう構えてはいた。
 幸い、何事もないまま、電車は再び動きだし、まもなくパディントンに着き、無事、下車できた。
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 荷物預かり所に預けたバッグ類を請け出し(今回の旅行では、コインロッカーはついぞ見かけなかった)、
 7番線のホームに行くと、ヒースロウ・エクスプレスが停まっている。
「出発はいつか」と女車掌に聞くと、
「いつでも、ベルがなったら」
 すると、まもなく出発のベルが鳴り、慌てて手近なドアから乗り込んだ。
 すぐに扉が閉まり、出発する。ターミナル1,2,3 駅で下車し、ターミナル3へ向かう。
 かなりわかりやすいが、延々と歩かされる。
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 チェックインのときに、
「荷物は預けないのか? ほんとうに、それで荷物は全部なのか?」と、持ち物が少ないのをえらく不審がられる。
 生真面目なイギリス人女性で、我々がトランジットの客ではないのか、と思い、親切心から、預けた荷物の積み換えに手違いが生じないよう、手荷物について念を押してくれたようだ。
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 Taxfee のキャッシュ・バックで、さんざん歩かされた。
 最初、種類を書かせられた窓口で、金を受取るのは、
「左、5歩のところの窓口」と言われ、
 そこに行くと、「2階の窓口」と言われ、
 その2階の窓口では、「中で。パッセンジャ・エァリアの中で」と言われ、
 あげく、戻ってきたのは日本円に換算して¥1,500 ほど。
 イギリスの付加価値税 (Value Added Taxes) は15%(?)だが、手数料を取られて、手元に返ってきたのは、そのざっと半分だった。
〜〜〜〜
 出国検査のとき。家内の荷物が検査器械の中から、なかなか出てこない。
 去年、ドイツで、手荷物を通過させる検査器機の上下の幅が狭く、金具のキャリアが引っ掛かってしまった。
 係官が、こういう荷物は困る、という素振りを見せたので、
 取り外し式になっているのその金具のストッパーを外し、さっと引き抜いて、折り畳んだら、珍しがっていた。
 家内は、この金具がまた閊えた、と思ったらしい。
 慌てて、いま入ったゲイトから戻るような仕草で、荷物に手を出そうとした。
 それを検査官が咎めた。
 荷物の中の何かに反応があったのだが、家内の行動も係官にだいぶ不審を抱かせたらしい。
「荷物を開けろ」と言う。
 あらかじめ、反応する畏れある金属の品物について、ものが何であるかを言い、あとでそれだけ取り出させれば、何事もなかったのだろうが、
 それはあと知恵。
 家内が手を出して、中身を取り出そうとすると、制止される。
 金属のスプーンを入れていたので、「それが反応したのではないか」と言ってみたが、
 「スプーンではない」と言う。
 係官(女性)は自分で開けようとするが、少し込み入った開け方になっているバッグで、ちょっと手こずっている。
「開けるのに、手を貸しましょうか」と尋ねると、
「ありがとう」と言ったので、バッグのファスナーを開けてだけやる。
 係官は中身をぜんぶ出し、いくつかづつ包みを、トレイに載せ、また器械の下に潜らせる。
 それでもまだ反応する。
 こんどは小さな包みも開けて、その中も調べ始めた。
 その中のひとつから、金属製の小型のトースト・ラックが出て来た。
「ああ、これはトースト・ラックだ。入れていたのをすっかり忘れていた」と言うと、
 その係官はやっと納得し、笑顔で、少しだけ詫びを言い、その場を離れた。
 もちろんのことだが、荷物の中身は、検査用のテーブルの上にバラ蒔かれたままであった。
 家内は憤慨して、荷物を入れ直し、入れ終わってからも、しばらくのあいだ文句を言っていた。
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 パッセンジャ・エァリアに入ってから、せっかくイギリスまでやって来て、ウィスキィに目もくれないわけにはゆくまい、と思い、
免税店で、Single Malt Scotch Whisky の小さめのボトルの(12年もの、15年もの、18年ものの)三本セット (testing collection: ca £30) などを買った。
 帰郷してから、ほとんど忘れたように、しばらくのあいだ放っておいた。
 だが、あるとき、思い出して、味見をしてみた。
 これがなんと、病みつきになるほどに、そして、アル中にならないように重々用心しなければならないほどに、口当たりがよかった。
 味と香りが相まって、口の中で広がるのがまた、何ともいえない。
 まことに晩生なことこの上ない話だが、よわい59にしてはじめて、スコッチ・ウィスキィ(シングル・モルト)の味を知り、distillery の違いを知った次第。
(この巻、了)
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