'02年・イギリス瞥見の巻
7.チェスター駅のストライキなど
 7時15分前には、宿を出る。
 セントラル・ラインに乗り、オックスフォード・サーカスで乗り換えて、きょうは、ヴィクトーリア・ラインのノースバウンド(北方面行き)に乗り、ユーストン駅へ向かう。
 が、ユーストン駅に着く手前で、こんどは連れ合いが、手品のように、宿のキィを取り出す。
 まるで狐に抓まれた思いだ。
 まちがいなく、ナイトテーブルの上に置いて、確認をして出て来たつもりでいた。
 どうも、そのあとに、家内は、手洗いに行き、ポケットにカギを入れたまま、出て来てしまったらしい。
 コリドーアにある共同のトイレは、部屋や玄関のドアと同じように、ドアをパタンと閉めてしまうと自動的に鍵がかかる。
 それで勝手がわかっている泊まり客は、トイレを出るときに、そっと手で押さえて、鍵がかかってしまわないように、ドアを不完全な閉め方のまままにしておく。
 そうすると、次に入る者はカギを使わなくとも開けられるのだが、
 ドアを押さえず、ひとりでに閉まるままにして出てくれば、カシャッとカギがかかり、
 とうぜん、その次に入る者はカギがなければドアを開けられない。
 3日前のケンブリッジ行きのときと同じように、いま来たばかりのコースを引き返し、宿のカウンタに、言い訳を言って、カギを戻し、またあらためて、ユーストン駅にやって来た。
 時間は8時5分前。
 見えにくい電光掲示で、やっと 8:00発が 13番線であることを知った。
 プラットフォームへと続く、なだらかな傾斜を急いで歩き、ホームへ出ようとした。
 するとその直前、目の前で、大きな扉(この駅には、こういう扉が設けてあった)が、係員の「Sorry」という言とともに、ガラガラと閉じられた
 発車まではまだ、あと1分はあるのだが、「入れることはできない」ということだった。
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 次の 8:44発のを見ると、まだ、"Train not arrived" という表示である。
 20分前ぐらいには、"not being prepared"
 10分少し前になって、アナウンスがあった。
 その途端、一群の人がわれ先にと、プラットフォームへと向かう。
 まもなく、4という表示が出た。
 こちらは、それを確認してからおもむろに、さきほどの一団が向かったホームへと赴く。
 案の定、手前の3輛ほどの車輛 (First Class) は抜きにして、
 それから先 (Standard Classs) は、座席がほとんど埋まっている。
 人間の心理は万国共通。
 それには構わずに、どんどん進み、先頭の車輛までゆくと、思った通り、席はガラガラで、悠々と座れた。
 列車はウェイルズの北西端のフェリィ港であるホリィヘッド行きだった。
 アイルランドへ渡るひともかなり乗っているのではないか、と想像した。
The rail routes map above: from "Map and guide to using the National Rail network."
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 列車は15分遅れで、11時15分ごろに、チェスターに到着した。
 ついでに明後日の列車の時間を見ておこうと、掲示されている時刻表を見てみた。
 しかし、あらかじめインターネットで調べて、プリントアウトしておいたものには、乗車駅の発車時間と、乗り換え駅での発着時間などが示してあるだけで、
 どこ始発の列車か、とか、どこ行きの列車か、がわからない。
 しかるに、駅の構内には、何枚も、行き先別に区分して、表示してあった。 
 これでは、列車の確認が、そう簡単にはできそうにない。
 駅員に聞いた方が、手っ取り早いと思い、ホームにいた制服の人に、
「あさっての7:53発の列車で、ウォリントン (Warrington) まで乗り、そこで乗り換えて、グラーズゴウ行きに乗るつもりなのだが、この7:53発の列車はどこ行きなのか。」
 すると、
「水曜日には、列車はない。あしたとあさってはストライキで、列車は動かない。クルーまでは代行のバスが出るから、それに乗れ。クルーからの列車のことは、そこの窓口で聞け。」
 突然こんな話を聞かされて、いささか狼狽した。
 イギリスでは、よく、列車のストライキがある、とは聞いていたけれども、まさしく、ほんとうだった。
 グラーズゴウで乗り換えて、ローカル線でスターリングに立ち寄り、それからエディンバラへ向かう、というルートを考えていたのだが、そんな悠長なことはやっていられない。
 窓口で、
「明後日にエディンバラへ向かいたいのだが、ストライキで列車が動かない、ということを聞いた。代行のバスで、クルーまで戻り、そこから、エディンバラへ向かいたい。クルーからエディンバラへゆくための列車の時間を教えてもらいたい。そして、その列車があれば、ここを何時に出るバスに乗ればよいのか。」
 窓口の係りは、自分の目の前にあるディスプレーを見ながら、しばしキーボードを叩いていたが、
 「チェスター7:45発の代行バスに乗れ、クルーには 8:40に着く。クルーからは、10時発のエディンバラ行きがある、これはダイレクトにエディンバラに行く。」
 と、教えてくれた。
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 これで、スコットランドへゆける、と、ひと安心し、やっと、駅から宿へ向かって歩き始める。
 コンパスを手に、地図を見ながら、歩いているのだけれども、途中で、道筋が少し怪しくなって来た。
 地図とあたりの状況とが合わない。
 まわりを見回し、地元のひととおぼしき老人に、聞いてみた。
 すると、ほぼ同じ方向だから、一緒に来い、と言われた。
 ついて行くと、広い車道の下をくぐる地下道を教えてくれた。
 この地下道のことは持参の簡略地図には載っていない。礼を言うと、
「日本に行ったときには、こちらも教えてもらわなくてはならない。」
 たがいに握手をして別れる。
〜〜〜〜
 城壁(シティ・ウォール)沿いに迂回をしながら、北門 (North Gate) をくぐった途端、さきほどの老人が目の前に出現した。
「歩くのがずいぶん早いですね。」と言うと、
「私は、そんな重い荷物を持っていない。」そして「この右手がキング・ストリートだ」
 と、我々が投宿する予定のホテルがある通りを指し示してくれた。
 その道は、車の往来は難しいほどの、狭い石畳みの道で、せいぜい何とかレイン (Lane) ぐらいにしか見えない。
 それで、見過ごすかと思い、かのご老人は我々を待っていてくれたのであろう。
 もう一度しっかりと握手をし、丁寧にお礼を言った。
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 その小路に入ると、まもなく目指す宿の看板が左手に見えた。
 部屋数は5つ。ダブルの部屋とシングルの部屋(5つの部屋のうちの2つ)を当てがってくれた。
 部屋の中はそう広くはないが、狭くもない。
 こぎれいで、バス・トイレが付いている。
 湯舟はあとで浸かってみたが、短矩の小生が、まっ平らに寝そべっても、足が届かないほどに広かった。
 ひょいと棺桶が思い浮かんだ。
 この宿の主人は、2メートル近い長身なので、長いバスが備えてあるのは、そのせいかもしれない。
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 城壁(1周3キロ余り)の上を歩いてみた。
 西側の壁の上を南へ下ってくると、ウォーターゲイトという門の近くで、きれいな芝のグラウンドが右手に見え、その芝生に何かの競技をするためのスジが付けられている。
 もしやクローケイをするグラウンドなんだろうか、と思い、ちょうど通りかかったパイプをくゆらした老人に(こちらも老年だから、つまり、同世代のひとに)聞いてみた。
 すると、左手(城壁内)のレンガ造りの建物を示し、ここは女学校 (girls school) で、その芝生はこの学校の運動場だ、ということだった。
 ついでに、右手前方に旗が2本はためいていたので、片方はユニオン・ジャックだが、もう一方は何かを聞いたら、ウェイルズの旗 ( 中央に dragon )であること、
 建物の向こう側は競馬場 (racecourse) ということだった。
 その後、このチェスターの町の西はもうウェイルズなのだが、ウェルシュ(ウェイルズ語)のこととか、鉄道のストのこととか、の話をした、
 というか、こちらは主に聞き役だから、してくれた(というべきだろう)。
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