'01年・ドイツ再訪の巻
7.南から旧東西国境を越え → ライプツィヒ
 ニュルンベルク8時7分発の ICE 1612 でライプツィヒへ向う。
 旧東西ドイツの国境付近を東西に走っている Thüringer Wald(テューリンゲンの森)の西部を北へ越えるところで雨が降ってくる。
 気温がぐんぐん下がる。
 冷房をしているわけがないから、外の気温が下がっているのかもしれない。
 通路を挟んで はす向いの席に、熱心に書類をめくっている出張販売人とおぼしき、四十歳前後の男性がいた。
 一段落したところを見計らい、鉄道路線図を見せて、この辺りのかつての東と西の国境についてご存じがどうか、と聞いたら、
わかっている、この図に書き込んでいいか、と、駅のひとつひとつを確認しながら、鉛筆で丁寧に、線を引き始めた。
 おおよそでよい、と言ったのだが、10分以上をかけて、古い境界線を書いてくれた。
 テューリンゲンの森は深く、モミノキの山が連綿と続く。
 列車はドイツにしては珍しく(?)蛇行を繰り返した。
 ザールヘルト辺りからエルベ川の支流のザーレ川沿いに北上し、11時45分にライプツィヒに着いた。
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 旧東ドイツのホテル事情があまり良くないということは、事前に承知していた。
 小ぶりなホテルは望むべくもないので、中高層のビジネスホテルらしきところに予約を入れておいた。
 3人用の部屋を 200マルクぐらいで、と申し込んだが、2人用しかなかった(そもそもこのホテルの部屋はすべてが2人用であった)。そして、1部屋 99マルク、2部屋で198マルク(11,000円ほど)ということだった。
 ただしここは朝食が別料金であった。
 じっさいに訪ねてみたら、よくある普通のインタナショナル・タイプのホテルであった。
 無味乾燥ではあるが、機能的な点は悪くはない。
 東西ドイツは統一はしたが、駅の旅行センタにしろ、ホテルのフロントにしろ、雰囲気は違う。
 旧東側は、応対がかなり事務的だ、が、じつに機敏で無駄がない。
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 荷物をホテルの部屋に置いて、すぐ外出した。
 午前中にホテルに着いても、どこのホテルも、荷物を預かってくれるか、あるいは、泊まる予定の部屋が空いていれば、その部屋に荷物を置いても、いっこうに構わなかった。
 あいにく、外は雨が本降りなので、駅へとびこみ、構内のベンチで昼食を取る。
 ライプツィヒ中央駅も終端駅だが、駅構内(ホームの下)は、ちょっとしたデパート並みのショッピングセンターになっている。
 ひと休み後、駅の外へ出てみたら、もう雨はあがっていた。
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 トイレについて: 
 だいたい50ペニヒから1マルクだが、「座り」で2マルク、ということもあった(ライプツィヒ)。
 係りがいれば、よく、sitzen (to sit) かそれとも stehen (to stand) かと聞いてくる。
 旧東ドイツの方が高めだが、とても清潔で、かつ自動(回転式のバー)になっている。
 ついでに言えば、西の方は 50ペニヒが相場で、特にきれいというわけではない。
 このチップはオバサンがいれば払うが、いなければ、一般のドイツ人も、けっこう払わないで済ましてしまう。
 女性用で、50ペニヒを入れるとドアが開くタイプのものがあるが、
(連れに聞いたら)、家族連れは、自分が終わっても、ドアを手で支えて、閉じてしまわないようにして(閉じれば、また 50ペニヒが必要)、次に身内を入らせたり、
また、他人であっても、ドアを手で支えて、どうぞ、と言ってくれる人がいたそうだ。
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下の図: 古ライプツィヒ
中央にトーマス教会、その右手にマルクトプラッツ(中央広場)と
ラートハウス(市庁舎)が見える

Aus: Abbildung auf der Taschenvorderseite
J.S.Bach
Kantaten
>>Actus tragicus<<, BWV 106
>>Ach wie flüchtig, ach wie nichtig<<, BWV 26
Deutsche Grammophon, 1966

 周りを見ながら、トーマス教会の方へと歩いてゆくが、途中に酒屋がぜんぜん見当たらない。
 マルクトプラッツのベンチに腰を掛けている老夫妻に、ビールの瓶か缶を買いたいが、さっぱり見かけない、と言ったら、
ザクセンプラッツを過ぎたところにスーパーマーケットがある、と教えてくれる。
 トーマス教会を観てから、カタリーネン通りを北上すると、駅前を横に走るリーヒャルト・ヴァーグナー・シュトラーセに突き当たる。
 この交差点で、若い二人連れに聞き、向い側、左手のスーパー「プラス」を教えてもらう。
 このあたりは工事中で、ガイドブックの地図とは様相を異にしている。
 ザクセンプラッツというから広場かと思ったのだが、それらしき広場も見当たらなかった。
 工事中の囲いの中なのかもしれない。
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 スーパーでビールとワインと青リンゴ(土地のひとはこれを丸まんまでかぶりつくが、こちらは前歯に自信がないので、ナイフで4等分にした、が、郷に従って、皮は剥かないことにした)を買うが、
ワインはオーストラリア・ワイン( 7.99マルク= 447円)にした。
 これがこの店で一番高いワインだった。
 店主の話では「カビネットはおいてない。これはオーストラリアのワインだが、トロッケンで味はいい」ということだった。
これは、Australian Burgundy か、あるいは claret というものと想像するが、とにかく、飲んでみたら、けっこういける味であった。
 スーパーの後は、駅へ行った。
 駅の治安は完璧と思えた。
 警官が二人で常に巡回している。
 駅の地下の食品売り場は、品物が豊富だった。
 ここで、豚肉の生を刻んだものを、割ったパンの上に厚ぼったく塗ったもの(ここでは Landknacker とあった)、生肉の薫製のヴルスト、ラックス(サーモン)、その他 Kuchen (cake), Torte (tart) などを買う。
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